戦争は「絶対悪」です。
武力とは「暴力」です。
戦争とは暴力による「大量殺戮」以外の何ものでもありません。
そもそも殺しあいに「正義」などは、微塵も存在しないはずです。
「戦争をしない」ということこそが、唯一絶対の「正義」なのです。
しかし、時に、人間は大きな過ちを犯します。
私たち日本にとっては、先の大戦もその1つの例でしょう。いま私たちは、その過去の過ちの現実を、目をそらさずに真っ直ぐに見据え、徹底的に調査・検証し、そのうえで、しっかりと反省をして、犯してしまった過ちは「もう取り返しのつかないこと」と諦観して、誠意を持って補償・贖罪し、かつその経験を未来への指針として、具体的には、世界唯一の被曝国として、憲法9条を堅持する世界唯一の非戦・非武装の国として、世界平和のために、最大限の外交努力をもって貢献してゆくことこそが、きわめて重要な事であって、それは私たちが進歩・発展をし、世界平和を築いてゆく旗手となれる、現実的かつ、最もカッコイイ方法だと思います。
武力という、卑劣で粗暴で頭が悪くて野蛮な証拠である暴力にたよらずに、
言葉(LOGOS)のチカラだけで、すべてを解決してしまう。
ものすごく知性的でカッコイイですよねぇ。。。
「美しい国」よりも「知性輝く国」を目指しませんか?
翻って!
しかし!
しかしです!
「もう取り返しのつかないこと」
であっても、許せる事と、許せない事とがあります!
戦争を、原爆投下を、核兵器の使用を、そして被曝させられたことを、「しょうがない」などと容認する者は、そのような、人の痛みや悲しみ、苦しみを想像・理解できないような人間は、どこの国の誰であろうと、いますぐ「丸腰」で戦場の真っ只中へ立ってみなさい!
そうして恐怖を味わいながら撃ち殺されればいいのです。
そうすれば、広島・長崎をはじめとした、多くの戦争犠牲者である「市民」の、数億分の1ぐらいの恐怖と痛みは感じて死ぬことができるでしょう。その恐怖と痛みを感じて、それを容認した事への最期の反省をしなさい!
戦争を始めた国家の責任者たちは、国際刑事裁判所(ICC)の法廷の場において、きわめて迅速かつ合法的に終身刑の判決を下され、徹底的に断罪し尽くされなければなりません。そのためにも、ICC批准国の一刻も早い、全ての国への拡大を望んでやみません。
現在のICCは、最高刑を終身刑だと規定しています。それは最も理想的だと思います。戦争を開始した国家元首と閣僚およびその関係者、さらに政権政党幹部とその関係者などに対しては、地の果てまででも追いつめ、力ずくででも捕まえて、ICCの法廷に引きずり出し、無条件に即刻、合法的に終身刑を科すべきです。
そうなれば、もし戦争を始めれば、国家元首はもちろん、閣僚や政党幹部も、地の果てまででも追いかけられ、捕えられ、法廷に引きずり出されて終身刑を言い渡され、死ぬまで社会から隔離され、死ぬまで徹底的に断罪され続け、死ぬまで徹底的に贖罪し尽くさなければならなくなり、そして死後も歴史上には「戦争犯罪者・殺戮者」としての汚名を永遠にとどめることになります。
戦争という絶対悪を根絶するには、原因者およびその関係者を終身刑に処し、社会から隔離し、その社会的・政治的生命を完全に断ち切って抹殺し、そして彼らの命が尽きるまで、強制的にでも徹底的に厳しく、精神の極限にいたるまで反省と贖罪をさせるしか方法はないと思います。
現在のところ、ブッシュ大統領がその最有力候補となっています。EU諸国の多くの法学者は、ICCへブッシュを(そして、もしかしたらブレアも)告訴し、彼を終身刑に科そうと、いま調査・検討を進めています。ブッシュはこれを最も恐れ、死にもの狂いで、ありとあらゆる卑劣で卑怯な妨害工作を陰に陽に企てて実行しています(たとえば、国際連合経済社会理事会諮問機関/アムネスティ・インターナショナルによる報告 IOR 30/016/2004, POL 10/006/2005, IOR 40/009/2006 などで、そのブッシュの卑怯な工作の一部が暴露されています)。
その、うす汚くて卑怯・卑劣で臆病者の強がりブッシュに追随した者が、ブレアであり、我が国では、小泉純一郎であり、安部晋三なのです。そういえば、安部晋三の祖父である岸信介氏もかつてA級戦犯(すなわち殺戮者)として逮捕され、本来は処刑されるはずでしたよね(のちにGHQの気まぐれで釈放となりましたが)。
ICCという権威ある国際法廷を用いて、合法的に殺戮者たちの息の根をとめ、1つ1つその命脈に確実にトドメを刺して、戦争をしようという発想を根絶・殲滅してゆくしか、戦争を防ぐ方法はないと思います。
このことこそが、核兵器などを保有し、武力を増強し合って、互いに互いの恐怖感を煽りあう事よりも、よほど健全で、効果的・建設的かつ合法的な戦争の抑止力となるでしょう。
最後に、戦没者とそのご遺族の方々には、次の言葉を捧げたいと思います。
いま安らかに眠る、この土地ばかりが彼らにゆかりがあるのではない。彼らの英名は、末永く、我が国に思いを馳せる世界中の者の言葉にも、行動にも、折あるたびに、その記憶を新たにするであろう。
こう考えればこそ、私は、ここに集っている戦没者の遺族たちに、憐れみの言葉をあえて語るまい。ただ、ただ、平和であれ、平安であれと、誓いと鎮魂の祈りを心より捧げ伝えたい。
(B.C.430年にパルテノン神殿前で行われた、ペリクレス将軍の戦没者追悼演説より) 2007年8月6日
広島原爆忌に記す。
戦争に対する強い怒りと、戦没者に対する心からの祈りを込めて!


