いま、沖縄が怒っている!
私は、学生時代から歴史学を学んできた。私の恩師(故人)は、事あるごとに、学生に対して次のような言葉を吐かれた。
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書き残された歴史は、為政者にとって、いわば勝者にとっての、都合の良い歴史でしかない。書かれた歴史よりも、書かれなかった歴史のほうが、より「事実」を物語っている場合が往々にしてある。
私たち歴史家は、書き残された歴史を手がかりに、それをまず疑ってかかり、そうして書かれなかった歴史の「事実」を掘り起こす使命がある。
書かれなかった歴史とは、例えば、遺跡の発掘調査で出土するものの科学的分析や、当時の " 為政者ではない人達(例えば僧侶や商人などの、政治的には距離を置いた、比較的中立的な立場の人たち) " によって記された記録類、または語り継がれている伝承などの学問的・客観的・科学的分析。そして近代の歴史においては、その実体験をした人々の証言についての学問的・客観的分析。これらが歴史の「事実」「真実」を解き明かす糸口であり、歴史そのものの「命」である。
為政者やその周辺の者によって記された文献の文字づらだけで歴史を理解しようなどとは、もってのほかである。文献などは、いくらでも時の為政者によって、何度も何度も都合よく書き換えられ、都合の悪い事は「なかったこと」または事実を極端に矮小化されてきている。それは単なる「書き換えられたモノ」でしかなく、けっしてほんとうの歴史ではない。その文字の裏側に隠された、書かれなかった、「なかったこと」とされてしまった「事実」を掘り起こし、極端に矮小化されてしまった事実を、ほんとうの大きさに戻し、その実態を解明しなければ、ほんとうの歴史だとは言えない。
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私は、沖縄の人たちの怒りに賛同する!
私は、沖縄の人たちの怒りに連帯する!
凄惨な沖縄戦の「実体験」をした人達の証言を無視し、悲劇の集団自決を、日本軍の指示・教唆ではないとする歴史教科書の作成は、まさに " 歴史の命を殺した"、為政者にとって都合の良い、即ち都合の悪い事は「なかったこと」に「書き換えられたモノ」でしかない。それは歴史ではありえない。
いま、社民党の保坂展人議員が沖縄入りし、一旦「為政者によって殺されてしまった歴史」に、もういちど命を吹き込もうと、悲劇の沖縄戦・集団自決の実体験をされた方々の証言を集める現地調査をされている。実際に悲劇が起こった現場にも立たれている。そしてそれをブログで報告し、多くの人たちに公開されている。
『保坂展人のどこどこ日記』
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/
私は、この保坂議員の姿勢を熱烈に支持する。
現地にも足を運ばず、実体験者からの話しも聞き取らず、自分の足で調査をしないような人間が「時の為政者のうす汚い政治的思惑と都合だけで」冷房の効いた快適な室内の机上だけで、将来のこの国を背負う子どもたちが学ぶ教科書を検定し、書き換えていいのかと、歴史を専門に学んで来たものとして、私は怒り心頭に発している。
彼らのした事は、日本の歴史に対する冒涜そのものである。我が国の歴史の「事実」を辱める行為そのものである。沖縄の人たちに対する冒涜そのものである!
いまの日本の歴史教科書は、とくに明治期から敗戦までの期間の記述は、為政者によって「なかったこと」または極端に矮小化された事実はないのかと、大いに疑ってかかるべきだと私は考えている。(了)
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