岩国市長選で井原氏が負けた。
さきの住民投票の意味は何だったのだろうか。
社会契約上の日本国民の一般意志よりも、
米国の意向を大切にする日本政府。
それのどこが「地方分権」なのだろうか。
何が「地方自治」なのだろうか。
この国に「米国主権」はあっても、
「国民主権」はあるのだろうか。
はたして、これで民主主義国家といえるのだろうか。
日本国の主権が、アメリカに蹂躪されているのではないのか。
沖縄での、米軍海兵隊員による女子中学生暴行事件。
今まで何度も同じ犯行が米軍によって繰り返えされてきた。
米軍兵士のやりたい放題ではないのか。
日本人の人権が、人としての尊厳が、
アメリカ人に蹂躪されているではないか。
こんな事をされても、政府はアメリカに、
「思いやり」の予算をつけている。
「思いやり予算」。これ、悪法ではないのか。
思いやる必要があるのだろうか?
米国を思いやるよりも、我が国民を思いやって欲しい。
岩国市民の声(アソシアシオン・シヴィル)を思いやるべきではなかったのか。
「悪法が悪法を呼んでいる」のではないだろうか。
J.J.ルソーは 『社会契約論』 にいわく、
「良法はますます良い法律をつくるが、悪法は、さらに悪い法律をもたらす」
(第三編 第十五章)
「全員一致の同意を(成立にあたって)必要とする法は、その本質から言って、ただひとつしかない。それは社会契約である。なぜなら、市民の結合(アソシアシオン・シヴィル)は、あらゆるもののなかで最も自発的な行為だからである」(第四編 第二章)
いまの日本は、民主主義国家なのだろうか?
独立した主権国家なのだろうか?
政府・軍部による大政翼賛的な国づくりの予兆を感じるのは、私だけだろうか?
【引用出典】
J.J.Rousseau 『社会契約論』 (作田啓一・阪上孝 訳 『社会契約論・政治経済論』 ルソー選集7 白水社 2000)
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