私は、明日の朝、生まれてはじめて法廷に立ちます。1人で臨みます。
私が提訴した民事訴訟の第1回口頭弁論が、大阪地方裁判所で開かれるのです。法廷初体験を前に、いま、少々緊張しています。
この法廷で被告を裁くのは、原告である私ではなく、裁判官です。
裁判官は、原告の訴えに対して、その訴えの内容と事実関係と被告の答弁とを法に照らして、最も中立的で公正な判決を被告に言い渡そうと努力をされます。
裁判官には、非常に高度な法的専門知識と、事実を見極める鋭い観察力・洞察力。そして社会情勢に関するバランス感覚と、原告と被告とに対して分け隔てなくその事実関係のみを認識するという公平・中立性と、そして「私情」を挟まない、挟んではいけない。という強い意志が求められます。
裁判官の法服が真っ黒なのは、「何ものにも染まらない、公平・中立・厳格」を現していると聞いた事があります。
この裁判官をしても、被告に判決を言い渡すまでには、「私情を挟んではいけない」ために、凄まじいストレスを感じ、時によっては耐え難い苦渋の選択を強いられると、裁判官志望だった(結果的に裁判官にはなっていないのですが)友人が、かつて語っていたことを、いま思い出しています。
そもそも、人間の能力には限界があり、また人それぞれに、各々のものの見方、考え方があって、思想・信条や宗教感にも人それぞれに差異があります。
ですから、基本的に私は、自然状態(自然権を有している状態)の人は、他者を裁けないものだと考えています。しかし、時間の経過とともに、社会が構成されてゆくなかで、自然権は社会権の中に組み込まれ、そして社会構成上、その社会の安定と秩序を維持する「必要性」のために、社会権の最たる「法」が制定され、その法によって、人は裁かれることになります。しかし社会権は、原則として自然権を侵害することができません。ですから、社会権的市民(「社会構成員」としての「人」)は、自然権的市民(「一個の人間」としての「人」)を裁けないのです。
したがって、人を裁くのは法であって、その法の体現者こそが裁判官なのだと考えます。法廷における裁判官は、「人(市民)」ではなく社会権上の「法」そのものだと考えれば、裁判官の立場を理解する事ができると思います。ですから、裁判官は、非常に高度な、法に精通した専門的知識と、事実関係を見極める鋭い智慧と洞察力、社会情勢へのバランス感覚、公平・中立性、そして私情を挟まないという強い意志が求められて当然なのです。だから真っ黒な法服を着ているのです。
裁判官はみな、被告となった人間の生殺与奪権を握っています。自分の判断によって、その一言で、被告の人生を左右してしまうかもしれない、命を奪ってしまうかもしれない。という凄まじいストレスに耐えうるだけの強靭な精神力が求められて、それでも、多くの市民に受け入れられないような判決や誤審を生じてしまう事もあり得るのです。よって、悪法が廃止されるように、最高裁判所の裁判官も、衆議院選挙時に、定期的に国民審査を受けるのです。
ですから、このような非常に高度な、知的専門職の最たる裁判官をしても、自然権的市民、即ち「人間として」大変な十字架を背負いながら、社会権的市民、即ち「法の体現者」として、社会正義のために苦渋の選択を迫られるわけです。ですから、これが、何の専門的知識もなく、安易に私情を挟み込んでしまう一般市民に、刑事事件という社会上非常に重い課題の判決の一翼を担わせるという事は、私は納得できません。
この社会は、それほど信頼できる、法を体現した裁判官のような市民ばかりによって構成されているわけではないのですから。
ですから、いま、我が国において、司法・立法・行政の三権が一丸となって(私はここにもある種の「異常性・大政翼賛的風潮・大本営発表のきな臭さ」を感じるのですが)、これからはじまろうとする裁判員制度は、法体系と社会秩序を破壊しかねない悪法ではないかと危惧しています。悪政そして悪制ではないかと。ですから、私は、個人的な意見として、裁判員制度には、たいへん大きな疑問を抱いています。
さて、みなさん。
かつて日本にも、大正13年に制定され、昭和3年に施行し、昭和18年までの15年間だけ、刑事事件における陪審制度があった事は、ご存知でしょうか?
私はいま、この期間の陪審制の資料・史料を探しています。そして、当時の陪審制の何が良くて、何が問題だったのかを、見極めたいと考えています。「温故知新」です。
かつての、昭和初期の我が国における陪審制は、歴史学・歴史社会学の観点から、今後の裁判員制度の問題点を、より鮮明に、具体的に明らかにしてくれるのではないかと考えています。
しかし、資(史)料が少ない(というか、いま、信頼できる資・史料は私の手元に1つもありません)。良い資料・史料をご存知のかたがおられましたら、ご教示いただければ幸いです。
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