
民主政の父ペリクレス
(B.C.495頃−B.C.429)
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きょう(8月15日)は、終戦記念日です。
我が国が、新しく民主主義国家への第一歩を歩み出そうとした日です。
そこで、そもそも「民主主義」とはいったい何なのか?
その理念の「原点」を確認してみたいと思います。
世に「人類史上最高の演説」と讃えられている、ひとつの名演説があります。
それは、いまから約2500年前にアテネで行われた演説です。
当時は古代ギリシア・エーゲ海文明の絶頂期で、例えばミロのビーナスがつくられ、4年ごとに古代オリンピックの競技が行われていました。市井の人々は文字を自由に操り、法を整備して、検察・弁護士制度を持ち、その裁判は、市民参加の裁判で、市民投票により判決が下されていました。また経済面では、国家により銀行が管理され、貨幣経済のもとで富の分配が行われていました。さらに、市民議会・市民選挙(立法・行政の可否についての投票など)という議会制民主主義が確立されていたのです(ただし、現在のような代議士制ではなく、全市民が全ての事に関して投票する直接民主政でした)。こうして、いまから約2500年も前(紀元前500年〜紀元前400年頃)に、人類史上初の民主政が実現していたのです。ちょうどソクラテスやプラトン、アリストテレス、アレクサンドロス(アレキサンダー)大王などが生きた時代です。当時の日本は、まだ文字もなく竪穴住居に住んでいた縄文時代でした。
その名演説の主はペリクレス。彼はアテネの将軍職で、民主政の父と言われています。現代においてすら「最も理想的な民主政」と評価されている、古代ギリシアの直接民主政を完成した人です。彼はまた、かの白亜の大神殿パルテノンも創建しました。
彼の演説はずいぶん長いものですが、ほぼ同時代の歴史学者トゥキディディスが克明にそれを記録したため、幸運にも現代にまで伝わっています。それはいまでも西欧の人々の記憶に残り、何人もの政治家が自身の演説のなかで、かたちをかえて引用してきました。
以下に、そのペリクレスによる「人類史上最高の演説」の、エッセンスの部分を少し抜き出してみましょう。
ペリクレスは市民に向かって言います。
「権力とは一部の人間の所有物ではありません。あなたたち全ての人の幸せのために、あなたたち全ての人が所有し、あなたたち全ての人がこれを行使するためのものなのです」
「私たちの発明した政体は、少数者の独占を排して多数者の公平を守ることを旨とし、これを"民主政"と名づけます」
「この私たちの発明した民主政は、他のどの国家の政体にも追随するものではありません。他のどの国家の政体にも存在しないものであり、他のすべての国家の模範とならんとするものです」
「我が国では、争いが起きれば法律によって、全ての人に平等な発言が認められています」
「私たちの民主政では、個人の才能が優れていることがわかれば、不公平な平等は排して、その人に公の援助をし、その人の能力に応じて公の地位や仕事を授けます。その人が貧しいがゆえに、その人の将来が閉ざされることなどは、けっしてありません」
「私たちの発明した、この民主政は、神々の如くに輝き、永遠不滅でありましょう。そしてこの民主政による我らがアテネの栄光は、今の時代のみならず、はるか遠き未来にまでも、世界の人々の賞賛を浴びることとなるでしょう」
そして最後に彼は、
「徳に最高の栄誉を与える国には、徳が集まり、国が栄えるのです!」
と言ってこの名演説を締めくくるのです。それから約2500年が経ちました。いま私たちの民主主義は、ずいぶんと老朽化し、疲弊しているのではないでしょうか?
かつて、今から2500年も前に、かくも偉大なる指導者が、人類史上はじめて、その理想を力強く高らかに謳いあげた、この輝かしい民主政(民主主義)の崇高なる理想・理念の原点に、いま、私たちは、立ち帰る必要があると思えてなりません。
「私たちの発明した、この民主政は、神々の如くに輝き、永遠不滅でありましょう。そしてこの民主政による我らがアテネの栄光は、今の時代のみならず、はるか遠き未来にまでも、世界の人々の賞賛を浴びることとなるでしょう」
このペリクレスの言葉の通りになっていますね。
しかし、この民主政(民主主義)も完璧だとは言えません(たしかに、今のところは、歴史上最も優れた政体であることは確かですが)。ひとつの大きな落とし穴があります。古代ギリシアは、この落とし穴に、ものの見事に嵌まってしまい、あっという間に衰退・没落してしまいました。
その落とし穴とは・・・ペリクレスという不世出の指導者なきあと(彼はこの演説の翌年に病死しました)、人々は政治のあるべき理念を見失い、ただただ「数の力」だけにモノを言わせて、少数者の意見に耳を傾けようとせずに「無理が通れば道理引っ込む」の状態で、政治的な理念・理性と知性を失い、破滅の戦争への道を突っ走ってしまったのです。
このような、民主政の落とし穴、すなわち、高度な政治的理念・理性と知性を失い、ただただ数の力だけにモノを言わせて押し通すという、堕落した民主政のことを「衆愚政」と言います。
昨今の日本は、果たして民主政なのか、それとも。。。
ペリクレスの力強い言葉(ロゴス)、
◎「権力とは一部の人間の所有物ではありません。あなたたち全ての人の幸せのために、あなたたち全ての人が所有し、あなたたち全ての人がこれを行使するためのものなのです」
◎「徳に最高の栄誉を与える国には、徳が集まり、国が栄えるのです!」
が、はるか2500年の時をこえて、まっすぐ胸に突き刺さってきます。
この「人類史上最高の演説」と讃えられるペリクレスの演説は、古代ギリシア文明の終焉に際し、その最期に燦然と輝きを放った、世界政治史上最高の金字塔だったと言えるのかもしれません。(了)

智慧と正義の守護女神
「民主政の守り神」アテナ神
パルテノン神殿の本尊
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【参考になる資料】
1.トゥキディディス『歴史』京都大学学術出版会 2000
※この記事は、2006年5月19日に『大阪日日新聞』に掲載していただいたものに加筆をしたものです。
(C)無断引用・無断転載不可。全ての記事の著作権は鳥居正宏にあり、日本国の著作権法及び国際条約によって保護されています。
テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済
トラックバックありがとうございます。
正統派のこのようなエントリーを拝見すると清々しい気持ちがします。
ところで、哲人政治に頼ることは偶然に身を委ねることになりそうです。衆愚政治にならないためにはどうしたらいいのか。
教育は一つの術だと思います。
子どもの問題、教育の問題、大人が腰を据えて考え直さなければならない問題だと思います。
でも、成人になったからといって、「大人」になれるわけではないのですから、かなり長期の展望が必要ですね。
諦めないこと、ですね。
- 2007/08/15(水) 17:39:46 |
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- 杉浦ひとみの瞳 #-
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杉浦ひとみ さま。
突然にトラックバックを送信差し上げ、失礼いたしました。
杉浦さんのブログの記事を拝見し、とても共感いたしました。そして、ほとんど衝動的にトラックバックを送信してしまった次第です。お許しください。
現在の日本社会(その構成者の日本人の心情)は、まだ西欧のような成熟した市民社会・民主主義社会を構成する市民としての意識レヴェルには至っていないと感じています。
この社会意識・市民意識を変革して行くには、杉浦さんのおっしゃるとおり、教育がいちばん肝要ですね。
私は、「対話」というかたちでの教育による、市民の意識変革が、この国にほんとうの市民社会・民主主義者会を形成してゆく礎になり、衆愚政への落とし穴を塞ぐ蓋となるのではないかと考えています。
一人一人の心に響く言葉(LOGOS)のチカラを信じて、根気よく対話を重ねてゆくことが、より良い社会を形成し、そしてより良い世界を創ってゆくと信じています。
今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。
- 2007/08/15(水) 18:23:12 |
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- 鳥居正宏 #h0j/NQls
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鳥居様。
先日送受信に失敗したTBを送りなおしました。今回はうまくいったようです。言及URLを入れないと受信されないのですね。
さて、私はギリシアのことはあまり詳しくありません。このペリクレスのことも名前すら知りませんでした。(^^;;
こういう思想が日本ではまだまだ定着していないのかなと改めて悲しさを感じますが、ギリシアよりも2500年遅れていようとも、この当たり前の考え方を広めるべく不断の努力を重ねるしか道はありません。自力で民主主義を獲得した、そういう体験を一度は味わいたいものです。
- 2007/08/18(土) 20:34:03 |
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- 村野瀬玲奈 #6fyJxoAE
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村野瀬玲奈 さま。
たいへん意義のある記事のトラックバックと、コメントをありがとうございます。
とくに、フランスの法務大臣ロベール・バダンテール氏の演説のなかの、
「死刑の本当の政治的意味は、国家は市民の命を奪うところまで市民を意のままにする権利を持っているという考えに死刑は由来するということなのです。それゆえに死刑が全体主義政体の中には規定されているのです。」
には、鳥肌が立つほど感動しました。私が、国際アムネスティで死刑の問題にも少しかかわっているのは(メインはICC推進活動なのですが)、まさにこのロベール・バダンテール氏の考えかたと同じだからです。
また、貧困との闘いでは、さすがはフランス。成熟した市民社会・民主主義国家の発想ですね。日本では、まだまだ国民自体に「市民」意識が低い。徳川の封建制の考え方の悪いクセがいまだに抜け切っていないんですよね。
私たち市民が、常に公権力を監視し、厳しい意見を投げかけつづけなければなりませんね。私は、そうした市民の言葉(ロゴス)のチカラを信じています。
村野瀬さんは、フランスの事情にお詳しいのですね。また色々と教えてください。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
- 2007/08/18(土) 21:36:30 |
- URL |
- 鳥居正宏 #h0j/NQls
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はじめまして
日本の民主主義を損なっている大きな原因の一つは選挙制度、小選挙区制にあると考えています。運動関係者も、困難なためか、小選挙区制の廃止にあまり実際的関心を寄せません。
先の国民投票法も、小選挙区制と同じ国民主権格差を拡大する法制度ですが、有権者はほとんど怒りもしません。これでは民主主義も何もあったものではありません。
選挙制度改革運動をもっと盛り上げていく必要があります。
一票の格差は比例代表制で解消するしかない
http://kaze.fm/wordpress/?p=142
- 2007/08/28(火) 16:06:43 |
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- ohta #HuBhO90w
- [編集]
ohtaさま
はじめまして。
鳥居でございます。
コメントをありがとうございます。
ohtaさまのおっしゃる通り、「1票に格差がある」という時点で、すでに民主主義の原理・原則からは逸脱していますね。
私も、現在の選挙制度には、たいへんな矛盾(というか、醜い策略)を感じています。
なお、拙稿を1件、ohtaさまのブログへトラックバックの送信をさせていただきました。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
- 2007/08/28(火) 19:38:31 |
- URL |
- 鳥居正宏 #h0j/NQls
- [編集]
鳥居さん、トラックバックありがとうございました。
意見が分かれるところでしょうが、実は、小選挙区制を支持している民主党との選挙協力の枠組みを作ることで、小選挙区制の廃止への展望が開かれると、私は考えています。
2005年の郵政選挙の結果をみれば、小選挙区制が自民の延命に手を貸しているのが実態で、政権交代をもたらすものではありません。
今回の内閣改造で、早くも内閣支持率が10ポイント近く上がりましたが、民主党単独ではまだまだ安定して政権交代はできないとみるべきでしょう。
政権交代のためには全野党共闘が必要だ、そのためには少数政党抹殺政策である小選挙区制の支持を民主党は撤回する必要がある――こういう主張を世に広める必要があると思います。
民主党との関係を築いてこそ、小選挙区制廃止への展望が開けるでしょう。
どうも、fc2ブログへのトラックバック送受信がうまくいかないみたいです。fc2ブログのデフォルト設定が原因でしょうか。関連記事を貼り付けさせていただきます。
民主党へは1人区でだけ投票しても野党は勝てる
http://kaze.fm/wordpress/?p=134
- 2007/08/29(水) 15:30:45 |
- URL |
- ohta #HuBhO90w
- [編集]
ohtaさま
鳥居でございます。
貴重なコメントとサイトへのご案内をありがとうございます。
私は、国内法、とくに選挙制度の詳細なことまでは存じていなくて、恥ずかしい限りなのですが、そんな私の素人の素朴な意見としても、小選挙区制は「ムラ社会」の選挙。すなわち、「オラがムラ」「オラが町」の「オラが先生」に何かと便宜を図ってもらいたい。という下心(利権・エゴ)が見え見えの選挙制で、常に地元や支持母体の利権が複雑に絡んでいる。ですから大政党や支持基盤のしっかりしている政党には非常に有利だが、都市部から誕生し、都市部を中心に活動している中・小政党には極めて不利な選挙制度だなと感じています。
これに対して、比例代表制は、直接選挙制(民主政の原点)の代替制度としては、最も理想的な選挙制度だと思いますが、しかし議員と地元との繋がりが薄くなる。比例代表制は成熟した「近代市民社会の選挙制度」だと思っています。
以上は、私の単なる「思い」であって、「論」ではないのですが、私の「論(「歴史社会学)」としては、日本の社会は、まだ近代市民社会になりきっていない。日本人の心情は、市民社会(ひいては国家全体)の利益よりも、いまだに「オラがムラ」「オラが町」の利益だけを優先的に考え「オラが先生」に頼ってしまう。それは徳川以来の「幕藩体制」の意識そのもの。議員の視点からみれば「ワシは一国位一城の主じゃぁ」だという、前近代的な意識から、まだ日本社会は抜け出せていないと考えています(詳しくは、このブログの別のコメントで他のかたと約束したように、私が1997年に、大学の講座で講義した「日本市民社会の現状−日本はいまだに巨大なムラ社会ー」の講義ノートをコンパクトにまとめて、そのうちに掲載しようと思っています)。
この、古臭くて利権まみれのムラ社会的な発想の小選挙区制をなくしてゆくことは、日本の社会が、ムラ社会から市民社会へと成長してゆくための、ひとつの道であることは、確かなことですね。
なお、TBに関してですが、FC2ユーザーどうしでのTBの場合には、双方の記事中に同じ関連する語句のリンク(言及リンク)がなければ、弾き飛ばされるようです。ですから、FC2ユーザーどうしの場合でも、多くの人は手動でTBアドレスを指定して送信し合っています。FC2ブログ以外のユーザーからのTBは、手動でなければ、無条件に弾かれてしまいます。「FC2ブログユーザーへの自動トラックバックシステム」というのは、一見便利そうに思えますが、じつは厄介者で無駄なしくみだと私は思っています。(笑)
- 2007/08/29(水) 22:51:13 |
- URL |
- 鳥居正宏 #h0j/NQls
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ムラ意識とはまた別でしょうが、地域代表性、あるいは都市と地方の格差をどうするかは、比例代表制でも、無視できない問題で、ここが難しいところです。この辺はどうお考えでしょうか。
地方議員だからといって、公共的に地方を尊重するとは限らず、むしろ都市部の少数政党が地域間格差のない公正な政策を打ち出すこともあるでしょう。
- 2007/08/31(金) 18:36:37 |
- URL |
- ohta #HuBhO90w
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ohtaさま
鳥居でございます。
コメントをありがとうございます。
夕張市の財政破綻と比較して、東京ではオリンピックでも招致しようかというほどの勢い。はたして、これが1つの国家の体を成していると言えるでしょうか?
「民間にできることは民間で」「地方にできることは地方の権限で」は、これは全く、国家・政府の自己責任の放棄だと思います。
地域間格差・産業間格差をなくすためには、現在の国家の基本構造である地方分権制に大きな問題があると思っています。
いくら上屋を「美しい国」にしようとしたところで、その国の基礎部分が、ボロボロに腐りきっている。上屋を立派にすればするほど、基礎はその重量に耐え切れない。もはや現在の地方分権制は、国家を支えられない状態になっている。これが現実だと私は分析しています。
私は、政治学や経済学には、全くの素人で何もわかりませんが、この地方分権を根本的に改める「とんでもない秘策(妄想?)」(といっても過去の歴史を踏まえての構想ですが)を抱いております。これは9月15日号のこのブログの記事で紹介させていただこうと、いま原稿を書いている途中です。とんでもない構想なので、ohtaさまのご参考になるかどうか、あまり自信はありませんが。もう少しお待ちください。
- 2007/09/01(土) 01:09:50 |
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- 鳥居正宏 #h0j/NQls
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鳥居さん、お久しぶりです。命の危機は脱したとのこと、何よりです。お大事に。私の方はといえば、命に別状はないものの、この時期、鼻が異常気象です。洪水状態で止まりません。
さて、ようやく「中選挙区比例代表併用制」の成文が出来上がりました。ご批評いただければ幸いです。
http://kaze.fm/wordpress/?p=164
一応、トラックバックもお送りしましたが、fc2ブログは、現在、どうもWordPressからのトラックバックを一律に受け付けない設定にしているようですね。
- 2007/10/19(金) 08:11:18 |
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- ohta #HuBhO90w
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ohta様
お久しぶりです。
鳥居でございます。
お返事が遅くなりまして、申し訳けございませんでした。
「中選挙区比例代表併用制」の成文を拝読させていただきました。
比例代表制は、直接投票制という、最も理想的な民主主義の原点たる投票制に近く、現代のような巨大な国家では、古代ギリシアのアテナイのような小都市国家ではないので、実質的には、直接投票は物理的に不可能な話しですから、現状では比例代表制が、最も民意を反映できる理想的な選挙制度だと考えています。
ただ、私の専門は歴史学(歴史社会学)でして、政治学や投票行動を専門に学んだ事はないので、それ以上の事は、正直、脳みそがついてゆかないのです。
お役に立てなくて、申し訳けございません。
どうぞ、お許しください。
- 2007/10/21(日) 03:11:16 |
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- 鳥居正宏 #h0j/NQls
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選挙制度の件は忘れてください。
ただ、社民の話にはなりますが、「民主党要望政策」の中に選挙制度の抜本改革が入ってないのですよね。インターネット選挙解禁は入ってるのですが。
少なくとも私一人はサポートするから(ニコニコマーク)、気兼ねなく民主党に言うべきことを言ってもらいたいと思います。
鳩山発言への対応、ご苦労様です。「対テロ」戦争の必要性を説くつもりでああいうことを言ったのだろうとは想像しますが。
何のことはない。「アルカイダ」なるグループによるテロがあるとしても、「テロ推進勢力」「テロ支援者」の仲間が鳩山さん、ということではないですか。
「友人の友人」は本人のことじゃないか?とツッコミを入れる2ちゃんねらーがいるそうです。
それならなおのこと、対テロ対策、大いにやってもらったらいいですね。
- 2007/11/01(木) 08:07:16 |
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- OHTA #HuBhO90w
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