この国では、75歳以上の人たちには、「人権」を認めないということなのか?
『日本国憲法』第11条・14条・25条等は、75歳で反故にされるというのか?
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パンダより人権!
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わたくし鳥居正宏は・・・
生まれたときから貧乏でした。
昭和42年4月。
私が生まれた家は、ボロボロの木造アパートでした。
両親は共働きで、幼稚園から高校卒業まで、ずっと「鍵っ子」でした。
小学校のとき、1度だけ、給食費が払えなかった事を、いまでも鮮明に覚えています(その時、担任の先生が払ってくださいました)。
中学を卒業すると、両親は私に就職を勧めました。私が高校へ行きたいと願うと、父親に殴られ、蹴飛ばされたことが忘れられません。中学の担任の先生が、涙ながらに両親を説得してくださり、なんとか公立高校へ行かせてもらえました。
高校を卒業すると、当然、両親は私に就職を勧めました。私が大学へ行きたいと希望すると、母親には頬を叩かれ(往復ビンタ)、父親には蹴飛ばされた上に、顔が腫れ上がるぐらいに殴られ、ガラスの灰皿を投げつけられて、右腕から血が天井まで吹き上がったことも、忘れられません。
両親からは「大学なんぞ、そんな無駄な贅沢をしたいのなら、自分の力で稼いで行け」と言われ、私はアルバイトに明け暮れながら学費を稼いで大学に通っていました。午前中はバイト。昼から大学。夜は大学の門が閉まる時間まで、構内の図書館やいくつかの教授の研究室に通いました。その後アルバイトをして終バス+電車で帰宅という4年間。何度か、警備員さんの目を盗んで、大学に泊まって勉強をしたこともあります。
いまでも時折腰が痛みます。これは、2回生の夏休みに、工事現場でアルバイトをしていたときに、ひどいぎっくり腰になった後遺症です。
大学卒業時には、ゼミの教授から、大学院に残り、そのまま大学の教員になるよう勧められましたが、経済的理由で断念せざるを得ませんでした。
そして、その教授の推薦で、公的な歴史関係の調査・研究機関に就職し、その仕事の傍ら、教授の計らいで大学の非常勤講師やゼミのゲスト講師、各地の博物館や市民会館での市民講座の講師などもさせていただき、いくつかの研究誌や論文集にも、寄稿や共同執筆に誘っていただくことができました。
その恩師も、3年前に天国へと旅立たれました。とても敬虔なクリスチャンの先生でした。
15年前に、遠距離恋愛をしていた婚約者が病気で亡くなって以来、私はいまだに一人身でいます。一人のほうが、楽です。それに、両親のような生き方とは違った生き方をしたいという気持ちもあります。
いくら肉親とは言えども、別々の人間なわけですから、価値観・世界観が違うのでしょう。私は、我欲に汲々として生涯を終えるよりも、ゆったりと人生を終えたい。人の痛みのわかる人間になりたいと思っています。
人は、輝く神々の懐の中から、たった1人でこの世に生まれ降りて、そして最期にも、たった1人で神々の光の懐の中へと帰って行くのですから、最期が1人ということには、何の恐怖もありません。
このように、私は、生まれてからこのかた、経済的にはほとんど恵まれて来ませんでした(でも、貧しい中で私を必死になって育ててくれた両親には心から感謝をしています)。今回の、女性弁護士との一件でもそうですね。弁護士のような「法的特権階級」のブルジョアジー的頭脳(発想)では、私のようなプロレタリアートの話は低俗過ぎて、単なる「無用な雑音」に過ぎないのかもしれません。
ただ、人には恵まれて来ました。これは、自分でも不思議なのです。多くの人が、私を敵視して、私から去っていったことも事実ですが、憎しみは、憎しみしか生みません。去って行く人たちよりも、新たに信頼関係を築ける人たちのほうが、よほど多いのです。ちゃんとバランスがとれているのです。これはほんとうに不思議です。
憎しみの連鎖を大胆に断ち斬り、幸福の連鎖を築いてゆかなければいけません。
人は、生まれてくる国を選べません。
人は、生まれてくる地を選べません。
人は、生まれてくる場を選べません。
人は、生まれてくる家を選べません。
人は、生まれてくる親を選べません。
どこの国に生まれても、
どんな地域に生まれても、
どんな環境に生まれても、
どんな家庭に生まれても、
どんな親から生まれても、
人は必ず幸せにならなければいけません。
人生のスタートラインは、一緒でなければいけません。
1つのイデオロギーによる一党独裁や、その対極にある、競争だけを原理とした「なんでもあり」の自由主義社会。これらは、どちらも人は、幸せになれませんよ。
なぜならば、イデオロギーによる独裁や、競争のみを原理・原則とした社会においては、人は、真の意味での「平等な主権者」ではなくなるからです。
それは、
生まれた瞬間から、人生のスタートラインが違うということを意味しているのですから。
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昨日(2008年4月17日)、橋下徹大阪府知事が、府下の各首長に対する府政改革の説明会で見せた涙。
もう30歳をこえた、いい大人なんですから、地方行政をあずかる政治家なのですから、大人として、政治家として、泣きたくとも泣いてはいけない時と場所は弁えていただきたい。自己の職責に自覚と誇りを持っていれば、公の場で涙など絶対に見せられないはずです。
広域地方行政の首長たる人間が、そんなに簡単に公の場で泣いてどうする。
広域地方行政の首長たる人間が、そんなに軽薄に己の感情を曝してどうする。
泣けば良いというものではない。
ほんとうに泣きたいのは、あなたのもとで、毎日毎日涙をこらえて苦労し、必死に生活をしている府民なのですよ。
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50年、100年先のこの国のありかた、そして世界の利益を考えずに、
ただただ地元・選挙区への利益誘導ばかりを考えている国会議員は、
村会議員で充分ですよ。
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